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ありがとう おつかれさま
2009 / 11 / 20 ( Fri )
今朝5時過ぎ、父が亡くなりました。

「ありがとう」「おつかれさま」
家族にこう言わせた父の死に方は理想的なのではないかと思います。

応援してくださった皆様、どうもありがとうございました。


取り急ぎ、ご報告まで。。

暗いブログですみません。
でも最後の様子を忘れたくないので、後日過程を書かせていただきます。



12/09(水)
最後の様子を追記しました。



11月19日。
父が調子いいので今日は会いに行かなくていいかなと判断し、買い物に行った。
食事が始まった父のために食べやすいスプーンとストローと探しに。

丁度買い終わったとき、母から「容態が急変した」との電話が。

慌てて病院へ。
父に取り付けられた機械が「ピピピピピッ」と不吉な音を出している。
こんなのドラマでしか見たことないよ。。

夕食の直後「気持ち悪い・・・」といって自らナースコールを押し、その後血を吐いたそうだ。

意識はしっかりしてるし血を吐いたわりに血圧も低くない。
これなら耐えれるかなとのことで、食道の破れた箇所を縫う手術をお願いした。

だけど、途中で引き返してきた。
突然血圧が低下し、白目をむいたから。
移動中先生に「慌てて食べたから-!失敗した~」って言ってたって。

「今夜が山ですね。多分無理だと思いますけど。。」と先生。

血圧が半分も低下してたけど、意識はしっかりしてた。看護婦さんも不思議がってた。

しきりに「痛いの~」とか「長いの~(時間の経過が遅いの意)」とか文句ばっかり言ってた。
極めつけは「この医者もヤブだったってことだ!」だって(^_^;) 家族しかいないときです

母が意識を保たせるためにしきりに話しかけてた。
「あんた今何歳だったっけ~?」と聞くと「やかましい!」

最後まで、父は父らしく気丈に振舞ってました。

「和敷くん、明日仕事なんだから帰ってもらって」と気を使ってたし、
赤ん坊の嵐之介が病院に来ても、うれしいけど心配ばかりしてた。

とにかく痛がっていた。辛そうだった。

「1週間なんも食べんと(正確には11日)、ようやく3日食べたら(2日)これだ!」


ハッとした。もう、無理だと思った。
今夜を無事越えられても、同じことの繰り返しだ。父は絶望するだけ。
生きていて欲しい。でもそれは私たちのエゴだ。
頑張らせることは父のためにならないんじゃないだろうか。


私が決めた。看護婦さんに痛み止めの注射を打ってもらった。
「痛みがなくなったら気持ちよくなってそのまま・・・ってことになりませんか?」
「量を半分にするし、そもそも効くかもわからないのでそんなことはないですよ・・・」

痛いと騒がなくなった。
「痛くなくなってきた?」と聞いたらうなずいた。これが最後になった。

眠ったのだろうと思って静かにしていた。このまま朝になればいいなと思った。
私も少し休んで、再び様子を見にいくと、呼吸の間隔が長くなっていた。
そして5時5分、最後の呼吸を見届けた。

動かなくなった父に心から「ありがとう」と言えた。
2週間、心の準備をさせてくれた。
2週間、父のために時間を使うことが出来た。
たった2週間だった。


痛み止めを打たなかったら、生きていたかもしれない。
痛み止めを打たなかったら、苦しみながら死んでいったかもしれない。
手術をお願いしなければ急に血圧が下がることはなかったのかもしれない。
どうなったかなんてわからない。
でも、判断したのは私だ。そして死んだ。


やっと仕事をリタイアして、これから自分のために時間を使っていけるはずだった。
一緒にスイスに行こうって言ってた。父の好きな山を一緒に見たかった。
京都の紅葉にもまた連れて行ってあげたかった。
ペルーで買ってきたアルパカの帽子、あんなに喜んでたのに使うことはなかった。
父が用意した年賀状は喪中はがきに変わった。
父の5年日記は3分の2も空白で終わった。
42年も厚生年金を納めたのに、ほとんどもらわなかった。
これからも、生きる予定だった。


それからの1週間は本当に忙しかった。
喪主は母だけど、外のことはすべて父がやっていたので何も出来ない。
兄は自分から積極的に動くタイプではない。それに赤ん坊もいる。
私が支えるしかなかった。まとめるしかなかった。忙しくしていたかった。


四十九日の法要はお寺さんの都合で12/31になった。
お正月を家族一緒に家で過ごせないなんて。。
四十九日を過ぎたら、きちんと成仏させるために嘆き悲しんだらダメなんだって。
あと3週間で涙が止まるのだろうか。


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